「復興元年」
全村避難を余儀なくされ郡山市ビックパレットに着いたのが、小雪舞い散る2011年3月16日の深夜でした。そして今、避難先に再び厳しい寒さが訪れています。故郷を離れ仮設住宅やアパート、遠く慣れない地で新年を迎えている村民皆様、お変わりありませんか。向寒の折、村民皆様の健康がとても心配です。さらに県外で避難生活を強いられている皆様の望郷の念いかばかりかと心痛めております。
原子力発電所の一瞬の事故により事態は一変してしまいました。失ったものは計りしれません。一家のだんらん、子ども達の元気な声、田舎の原風景、黄金色に輝く稲穂、多くの恵みと癒しを与えてくれた森。しかし失ったものばかりではありません。新たな出会い、無理しないでと気遣ってくれる他人の温かさ、生命あるものへの限りない愛おしさ、普通の生活の大切さなど、新たに得たものや改めて考えさせられたことも沢山ありました。
県外に避難している中学生から頂いた手紙です

子供たちの思いに、歩みを止めていた大人たちが勇気や元気、夢に向かってもう一度立ち上がる力の大切さを教えてもらいました。現在帰村に向けた準備をしていますが、乗り越えなければならない課題も山積しています。帰村できる状況を作り上げるための徹底した除染、雇用の確保(製造業の進出やヤマト財団の協力)、農作物の放射線量測定、交通手段の確保、教育環境の充実、健康管理システムの構築などに関係機関と協議を進めております。
村としては、「戻れる人は戻る、心配な人はもう少し様子を見てから戻る」の方針です。帰村するかどうかは村民皆様の自主判断に委ねる考えであり、その選択を尊重して出来る限りの支援をしていくつもりです。「離れていても村民、離れたところで学んでいても川内の子供たち」です。
「辛く悲しいこともあったが一日一日を大切にしながら出来ることは自分でやり、小さいことにも喜びを見出しその時々を元気に楽しむこと、戻れるチャンスがあるなら少しでも前に進むことが大切だよ」とチェルノブイリ原発事故避難者に励まされてきました。厳しい現実を突きつけられている反面、前向きにできることを着実に行うことのほうが重要だと考えております。
2012年は「復興元年」と考えています。避難されている皆様に寄り添いながら、今までお世話になってきた多くの方々への感謝の気持ちを忘れることなく、試練を乗り越えていく覚悟です。村民皆様のご理解ご協力をお願い申し上げ、新しい年が少しでも村民皆様にとって幸せな年でありますよう願っております。
川内村長 遠藤雄幸
→川内村村長・遠藤雄幸公式サイト「日々ゆうこう」
わたくしたちは、雄大な阿武隈の自然に抱かれた、限りなく躍進する川内村民です。
わたくしたちは、この村を愛し、先人の遺業を受けつぎ、村民としての自覚と誇りをもち、力を合わせて明るい村をつくるため、この憲章を定めます。
(昭和57年1月14日制定)